最近読んだ本:『猫を抱いて象と泳ぐ』
友達にすすめられて読んだ。
小川洋子の本は初めて。何も知らない。
タイトルから受ける印象は、ふんわり、ファンタジー、心温まる……
全く違った。
チェスを指すからくり人形の「中の人」となった男の一生。
独特の感性をもち、想像の世界にしか居場所のない少年が、
チェスに没頭し、才能を発揮し、その道に生きる。
何が素晴らしいって、示唆性の強い描写だ。
冒頭で、幼き日の少年と弟、祖母がデパートに行く場面がある。だが、一般的なデパートでの過ごし方ではない。
何も買わず、見てまわるだけ。
大食堂でお子様ランチを食べることはせず、お弁当を持参して屋上で食べる。
木馬にはお金を入れず、手動で動かす。
幼い少年の見た世界であるため、その事実のみ描かれている。
それでも、むしろだからこそ示唆される、
何とも言えない「居場所のなさ」「世の中からの疎外感」に、もの悲しさを覚えた。
また、比喩表現が私好みだった。
水面の揺らめき、透明感、靄、ひんやりとした水…を連想させるモチーフ。
これらはタイトルの「泳ぐ」に関係しているようにも思うし、
少年が存在する、夢の中のような、つかみどころのない幻想的な世界を表しているようにも思えた。
登場人物の生き方、人柄をよく表していたのは、みなそれぞれ持っている何かしらのこだわり、執着だった。
少年の唇の毛、祖母の布巾、マスターのバス、ミイラの鳩など。
夢の中のようなつかみどころのない世界観のなかで、具体性を持って提示されるこれらは、急にくっきりと描写に現実味をもたせた。
読み進めるなかで、いくつかの大きなテーマがあるのだなと感じた。例えば、
生と死について
大きくなることへの恐怖
言葉を発することの必要性、又は不必要性
チェスのロマン
人間、特に老人への尊敬
など。
特にチェスのロマンについては、
「強さ」と「美しさ」の違いが繰り返し説かれていた。
相手と勝負するなかで一手一手の美しさを求める。勝てばいいというただの勝負ではない、いわば「協奏」である。
また、「チェスに自分の言葉はいらない」という言葉があり、
そのチェスこそ、言葉を発する器官である口に人と違う思いを抱く少年に与えられた方法なのだと、隠されたメッセージを強く訴えられた気がした。
最後の終わり方は特に印象的で、まるで本当にからくり人形「リトル・アリョーヒン」が実在し、その中の男の人生も実際あったかのような、
そしてこの本はその伝記であるかのような表現に、悔しくも心躍ってしまった。
今までに全く読んだことの無いタイプの、深みと味わいのある本だった。