有川浩について
公的機関が好きなのだろうか。
批判でも賞賛でもなく、
有川浩の作品を好きでそれなりに読んできた上で生まれた、ただのフラットな感想。
というのも、
自衛隊三部作、「空飛ぶ広報室」、「県庁おもてなし課」など、公務員を主人公にした小説が多い気がするからだ。
実在の機関だけでは飽き足らず、「図書館戦争」シリーズでは、架空の「関東図書隊」を、組織構造など膨大で詳細な設定を含めて作り上げた。
自衛隊三部作はファンタジー色が強い一方、広報室とおもてなし課は「実際にありそう」と思わせるリアリティがあったりと、ストーリーは様々だが、
いずれも、「公務員は一般の人になかなか理解してもらえない大変なことも多いけど、一生懸命頑張ってます」というメッセージが込められているように思う。
何のあとがきだったか忘れてしまったが、
「戦うかっこいい大人たちが問題を解決していく、ゴジラのような物語を書きたい」
というようなことを書いていた記憶がある。
その1つの舞台として便利なのが、公的機関なのだろうか。
有川氏の好み(いい意味での性癖)がそこにあることは、確信できる。
サマセット・モームにはまっている
「月と六ペンス」で有名なモーム。
まさにその本を2年前に読み、私の中のモームのイメージは、その一冊のみから受ける印象によって、「なんだか暗くて難しい話を書く人」となった。
好みドンピシャというわけではなかったから、他の作品に手を伸ばすこともなく、モームのことも忘れかけていたのだが、
最近、モームの傑作選「ジゴロとジゴレット」(新潮文庫)をみつけた。
短編かー。あのモーム、短編も書いてたんだ。
というちょっとした興味で、パラパラとめくり、立ち読みしはじめる。
もう、止まらなかった。
すぐさまその場で買い、家で夢中になって読んだ。
一冊に10足らずの短編が入っているその本を読み終わり、
すぐに別の短編集『モーム短篇選』(上・下)を手に入れて読んだ。
次々読みたくなるほどに、月と六ペンスとは違う魅力が短編にはあった。
それは何か。
3冊の短編集を読み終えた今、3つの魅力を感じている。
ひとつは、短編らしい短編ということ。
短編の特徴として、数十ページという短い間に起承転結がギュッと詰め込まれている展開のはやさ、ストーリーに遠回りのない面白さがあるが、
モームのそれは、特に濃縮されているように私は思う。
例えば、物語の導入部は、正直、読者に不親切だ。
登場人物・舞台・時代などの丁寧な説明はあまりないため、訳もわからずとりあえず読んでいくと、だんだんと示唆された情報から理解できるような仕組みなのである。
いわば「起」を飛ばして「承」から始まるような、初めからトップスピードで物語が進行するような。
短編ならではの臨場感という感じがする。
次に、テーマの面白さがある。
各ストーリーでモームが伝えたいであろうことは、決して壮大なものではなく、人間の面白さ、魅力、ちょっとした哀しさ、ときには世の中への少しの嫌味など、ウィットに富んだものが多い。
それを示す方法も、大きなどんでん返しを準備したり、そうかと思えば、読者が予想できるような流れにしたり、「あっそこで終わるんだ」と思ってしまうような特にオチもない終わり方になったりと、多種多様だ。
各話読み進めるなかで、「この話はどのように展開し、そこにはなんのメッセージが隠されているのだろう」と読み解こうとすることを楽しめる。
最後に、描かれる景色が、とても美しい。
「ジゴロとジゴレット」では地中海を中心としたヨーロッパ、
「短篇選」では東南アジアなどの島々を舞台にした話が多く、
その土地の空気、温度、景色が目の前にあるかのように伝わってくる。
時代は、第二次世界大戦の前後の設定が多いから、どの土地についても「今とは違う景色なんだろうなぁ…」と感慨深い。
異国の地・知らない時代に想いを馳せるのも、楽しみ方の1つだ。
調べると、まだまだモームの短編集があるようで、楽しめる本がいっぱいあるということにホクホクしている。
手当たり次第読んでみたい。
最近読んだ本:『猫を抱いて象と泳ぐ』
友達にすすめられて読んだ。
小川洋子の本は初めて。何も知らない。
タイトルから受ける印象は、ふんわり、ファンタジー、心温まる……
全く違った。
チェスを指すからくり人形の「中の人」となった男の一生。
独特の感性をもち、想像の世界にしか居場所のない少年が、
チェスに没頭し、才能を発揮し、その道に生きる。
何が素晴らしいって、示唆性の強い描写だ。
冒頭で、幼き日の少年と弟、祖母がデパートに行く場面がある。だが、一般的なデパートでの過ごし方ではない。
何も買わず、見てまわるだけ。
大食堂でお子様ランチを食べることはせず、お弁当を持参して屋上で食べる。
木馬にはお金を入れず、手動で動かす。
幼い少年の見た世界であるため、その事実のみ描かれている。
それでも、むしろだからこそ示唆される、
何とも言えない「居場所のなさ」「世の中からの疎外感」に、もの悲しさを覚えた。
また、比喩表現が私好みだった。
水面の揺らめき、透明感、靄、ひんやりとした水…を連想させるモチーフ。
これらはタイトルの「泳ぐ」に関係しているようにも思うし、
少年が存在する、夢の中のような、つかみどころのない幻想的な世界を表しているようにも思えた。
登場人物の生き方、人柄をよく表していたのは、みなそれぞれ持っている何かしらのこだわり、執着だった。
少年の唇の毛、祖母の布巾、マスターのバス、ミイラの鳩など。
夢の中のようなつかみどころのない世界観のなかで、具体性を持って提示されるこれらは、急にくっきりと描写に現実味をもたせた。
読み進めるなかで、いくつかの大きなテーマがあるのだなと感じた。例えば、
生と死について
大きくなることへの恐怖
言葉を発することの必要性、又は不必要性
チェスのロマン
人間、特に老人への尊敬
など。
特にチェスのロマンについては、
「強さ」と「美しさ」の違いが繰り返し説かれていた。
相手と勝負するなかで一手一手の美しさを求める。勝てばいいというただの勝負ではない、いわば「協奏」である。
また、「チェスに自分の言葉はいらない」という言葉があり、
そのチェスこそ、言葉を発する器官である口に人と違う思いを抱く少年に与えられた方法なのだと、隠されたメッセージを強く訴えられた気がした。
最後の終わり方は特に印象的で、まるで本当にからくり人形「リトル・アリョーヒン」が実在し、その中の男の人生も実際あったかのような、
そしてこの本はその伝記であるかのような表現に、悔しくも心躍ってしまった。
今までに全く読んだことの無いタイプの、深みと味わいのある本だった。